トップの責任

(2005年産経新聞連載6回目)

 『どうも生徒が文楽には関心がないもんで…』と先生。
 確かに文楽は詞章の文体も古く、若い人にはとっつきにくいだろうし、事実、地方では公演回数も少ない。私たちももっと考えなければならない部分もあるだろう。
 しかし理由はそれだけではないはず。その先生自身が、文楽に興味ないんとちゃいますやろか? ある町にたったひとり、文楽の好きな先生がいるとしたら、その先生はまず、クラスの教え子を文楽に連れてくる。
 しばらくするとその先生の熱意が伝わって、学校が団体で鑑賞にくる。そしてついには、文楽を学校に招き入れ、講堂や体育館で公演を開催するようになる。
 たったひとりの情熱が大山を動かす。実際、そういう先生方を私は数人知っている。

 一方、文楽受け入れに欠かせない事項として、トップに立つもののやる気と責任も大いに関係してくるようだ。
 去年の秋(九州・沖縄)と今年の夏(東北・北海道)、『本物の舞台芸術体験事業・文楽』(文化庁主催)の巡業に参加した。
 小学生から高校生までの児童生徒に文楽の三業をワークショップで実際体験してもらい、又、本物の舞台を鑑賞することにより、豊かな情操を養うという趣旨だ。
 楽屋替わりに使わせてもらう多目的教室やらの窓からは、山や田畑が眺められる、実に新鮮な公演である。
 この八月の末に釧路市立北中学校に行った時のこと。校門に入ったところに女の先生が出迎え。私、校長です、よろしくお願い致します。
 えっ?永らく学校廻りをしているが校長先生直々の出迎えは、去年10月の沖縄県立開邦高校以来二度目の出来事。
 校内に入ってみると、質素ながらも誠にクリーンでビューティフル!。先生も生徒も皆、コンニチワ!と歯切れのいい挨拶を送ってくれる。トイレは綺麗、階段廊下には花壇。生徒の非行防止に最大の注意を払っておられるとの話。
 沖縄の開邦高校もそうだったが、校長先生が前向きなら、ワークショップで体験指導を受ける生徒も生き生きハキハキ。語り、三味線、人形の実技レクチャーも二重丸の出来。
 最近、生徒の不祥事で校長先生が頭を下げたり辞任したりするのをよく見かけるが、トップに立つものの責任は確かに重大な気がする。

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