パンソリと学びあう
(2005年産経新聞連載5回目)

『これはこれは沢イッチャン…』。サワイッチャン?可愛らしい発音に客席から笑みが 漏れる。
 先日、『パンソリと義太夫節』というワークショップで、韓国の女性パンソリ 唱者である趙珠仙さんが語った、パンソリ風『壺坂観音霊験記』の一節だ。
 パンソリは 韓国の伝統芸能のひとつで、2003年に日本の文楽とともにユネスコ世界文化遺産に 認定された。今年は日韓友情年ということもあり、この二つの伝統芸能の共演がソウル と東京で行われ、私もその一員として参加した。
 その発展型として今回このようなワー クショップが先日、大阪で開催されたのだ。
 まず、パンソリと義太夫の有名演目を披 露。そのあと、このイベントの提言者である河合隼雄文化庁長官と出演者一同がステー ジに上がり、両芸能の共通点や差異について、実演を交えながらの対談となった。
 河合 長官も趙さんに負けず劣らず壇上で『父さんの名は十郎兵衛、母さんは…』と語り会場 の喝采を浴びるシーンも。
 そしていよいよ、本邦初のパンソリと義太夫のコラボレーシ ョン『壺坂霊験記』。趙さんは『沢市つぁん』の『つぁん』の発声が苦手。で、急遽、 私が妻のお里を語り趙さんが夫沢市を受け持つことに。
 沢市の唄『鳥の声、風の音さ え…』から、日本語でパンソリ風に趙さん。パンソリ鼓手の金清満さんの太鼓に望月太 明吉さんの鼓も加わり合流。
 お里の泣き、『エエ、聞こえませぬワイノウ…』の鶴澤清 友さんの三味線連打まで。微妙な違和感に包まれながら、会場全体に得もいわれぬ芸域 空間が拡がった。
 ひたすら伝統を守ることは私たちの使命である。しかし、自国の芸能 の素晴らしさを伝えながらも、他国の芸能の魅力を認識し吸収することも大切なことだ と痛感した。
 実は私もパンソリを彼女から学ぼうとしたのだが流石に儒教の国、自分よ り目上の男性に指導はできないと謙虚に辞退された。
 韓国語の発音は日本語より遥かに 難しい。もし私が韓国でパンソリの一節を語るなら、その発音のおかしさに笑みどころ か失笑が漏れるかもしれないが、この次は是非、パンソリに挑戦してみたいものだ。

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